Mondlicht.-月影







 澄み渡った空。夜空の海に泳ぐ月。月の船が、静かに流れる。

(あぁ、目覚めなければ)


 あれからどのくらいの刻が経ったのか。
夜の気配を感じる。


昨晩とは異なる、夜の、気配。


(あぁ…)

 ディヴァインはずしり、と鈍く重たい頭を、ようやく起こした。
光を受けたヴァイオレットの瞳は、一瞬細め、ぼんやりと辺りを見回す。

ぼやけて見えていた視界が、次第に明確になっていく。

――…自分が今いる場所は…この部屋は?

 ディヴァインは目覚めたばかりの脳で考える。
改めて確認する事もない。シンプルな部屋。橙色の明かりが広がっている。
窓はあるが、空よりも濃い青色のカーテンが瞳に映る。
木製の小さなテーブルと、小さな本棚が、居心地のよい空間を演出する。

"教会…"

声に出さずに脳内で呟いた。

(俺はよりによって…教会の前に堕ちた。…俺の中に魔力はあるのに…
 駄目だ、感じない。これではまるで―――…)


 ふかふかとした、布団の感触を手の平で感じながらも、

"この血は嘘を付かない。なんて事だ…今の俺は―…"

小さな吐息と共に、ディヴァインは唇を噛締めた。

 教会に足を踏み入れた時、然程苦しくはなかった。
己の中の、人としての血の存在を、確かに感じる一方で、
神父に贖う事が出来なかった自分に、やるせない気持ちもあった。
情けを掛けられた事も。

("今の俺"は…ただの人間に近い。
その状態で神父につかまったとあらば――…。)


――……!!


 瞬時、ディヴァインはドアに視線を向けた。

―――コンコン。

音が響いた。

だが、音が耳に入る前に、ディヴァインは気配を先に感じていた。

―――コンコン。

 再び、ドアを叩く音が、部屋の住人に返答を求める。
だが、ディヴァインは答えない。

(去れ…入って来るな…)

ディヴァインは強く思う。

(今は誰にも…会いたくはない…)

だが、ディヴァインの思いを余所に、扉から新しい空気が零れ入って来た。

 ――ガチャッ…、そんな音と共に黒に身を包んだ青年。

「目が覚めたかな?」

開口一番に、その男はそう、述べた。
穏やかな笑みと、眼鏡の奥に垣間見える、緑の混じった真っ直ぐな青い瞳。

「……」

ディヴァインは無言のまま、目の前の聖職者を一瞥する。

(持っていない…?)

男を見つめていたディヴァインは、眉を顰めた。

(いいや、隠し持っているだけだ)

「十字架。」

無言だったディヴァインは、口を開いた。

「十字架はどうした。」

揺れる事のないヴァイオレット・アイ。
辺りの空気が冷め、どこからか羽が羽ばたく音が無数に、
その存在を語る。

「…それなら身に着けているよ。だけど私は君をどうこうしようとは思ってないんだ。
流石にすぐには信用して貰えないかもしれないが…。」

言いながらも男は窓へ視線を向けた。

「外には蝙蝠がいるようだけど…あの子達は君の仲間かい?」

しかし直ぐに男はディヴァインに微笑みを返し、問う。

「さぁ。」

男を見据えて、ディヴァインは短く答える。

「うーん…あまり教会に寄られると、いろいろ不都合でね。
私はね、君を匿っている状況だからね。」

男は多少困惑した笑みを見せた。

「それとも…私の気にしすぎかな。」

男は再び窓へ視線を向ける。

 蝙蝠が教会の周りを飛んでいる事くらい、何がどうと言う訳ではない。
幾日も多数の蝙蝠が常に飛んでいたら、不審に思うかもしれないが。

 窓はカーテンで覆われている。
外に居るであろう、蝙蝠の影を、況して、闇に紛れる彼等の姿――を、
確認してから見た訳ではないだろう。
だが、ディヴァインには分かる。
男の言う通り、数が少ないとは言い難い蝙蝠が飛んでいるのを。

(この男…)

 まるで虚を突かれた気分のまま、ディヴァインは眉根を寄せた。

「あんたは何者だ?ただの神父ではないだろ。
 あんたの言う不都合とやらと、俺を匿っている、の意味、
 俺の考えに相違がなければ…」

ここでディヴァインは言葉を止めた。男が小さく頷いたからだ。

「そうだね。まずは自己紹介しようか。」

 言いながらゆっくりと、ベッドの傍の椅子に男は腰を掛けた。

111012

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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