Neumond. -







 白いワインに揺れる月が、静かに歌うかのように、輝く。
ベージュの椅子に座る影が、そっと、ワイングラスに口を付け、また、
月を掬うかのように、コトっと音を鳴らしてグラスを置いた。
その影…少年は、若い吸血鬼ではあるが、弱点という弱点が特に存在せず、
生粋の吸血鬼であり、ずば抜けた魔力を持ち合わせていた。

「………」

 窓の開いた部屋。冷たい風が流れ込んでくる。
外部からお邪魔した空気が、マリンブルーの髪を軽く撫でる。

 椅子に身を任せていた少年は、静かに立ち上り、窓を――閉めた。
見上げた夜空に一瞬、見知った影を探したが、瞳に映る事がないのは分かっていた。

 少年は軽く息を吐いた。
先程、"姉"に言われた言葉に思考を巡らせる。

 イアラは自室に戻っていた。正確に言うと、仕事上の部屋である。
パートナーが不在した部屋で、イアラは思いつめた表情で、ワインを嗜んでいた。


「解かっていただろうに…。」

 イアラは独り言を呟く。テーブルの上に並べられたチェスの駒を見つめた。

「解かっていたんだろ、こうなる事くらい。聡明な君なら。」

 チェス盤は昨夜、パートナーと対戦した時のまま。


イアラは姉であるクリスティナに、

 <帝王に"逆らって"も、命を奪われる事はなく、堕とされたのは帝王の計らいだ>

とは言ったが、何故、帝王がそのような形にしたのかは予想が付いていた。


「…簡単な事だ」

 イアラは言うなり、ワインを一気に飲み干す。
空になったグラスは、落ちた月が描かれたかの様に、
或いは、宝石を散りばめたかの様に、キラキラと瞬いた。

(ディヴァインが、ダンピールだからだ。)

イアラは心の中だけで、呟いた。

 例えば、吸血鬼を不死と称すのは如何なるものだろう。
様々な優れた能力を持ちながら、実に弱点が多い彼らの、真の敵は、そう、

"ダンピール"

太陽も、十字架も、…その様なモノは然して懼れ{心配する程}でもない。

 吸血鬼とヒトとの混血のハーフである「その存在」は、
生後にその生命の灯火が消える事が多い。
然しながら、成長した暁には、優れた吸血鬼ハンター{VAMPIRE HUNTER}となる。

 吸血鬼の存在は、通常「人間」は感知する事が出来ない。
しかし、ダンピールは、"ヒトの外見を持ち、父の能力を受け継ぎ、
ヴァンパイアを探知する能力に優れているだけでなく、退治する能力をも持ち合わせる。"

――――そう、退治する能力を。

それこそが、{吸血鬼退治に一番適している}に値する。




「だから、能力を封じ、魔界から追放したんだな…けど…」

 帝王が命の危機を感じ、そのような行為に至ったと考えるのが自然だが、
その息子、ディヴァインが自らの父親の命を狙うとは考え難い。

「少なくても…僕が知っている彼は…帝王の命を奪おう等と思ってはいないだろう。
 …この様な状況に持ち込んだ理由は分からないけど…。」

 ディヴァインと、帝王ゼルギウスは仲違いをしてはいるが、
親子として成り立っている何かがある。

「…僕と違って…。」

イアラは静かに呟き、目を伏せた。

 イアラはクリスティナ…ティアナとは血の繋がらない姉弟である。
実の親ではない事を、ティアナは知らない。ティアナの両親は別に"居た"。
彼女は望まれるべくして生まれたが、イアラは、違うのである。
自らの出生が、母親に対してあまりにも残酷なその真実を、イアラは只管抱えてきた。

 もしも、帝王の地位を渇望している者が居たとしたら?
しかし、その帝王には厄介な子息が居る。

 ならば、"それ"に対抗するには如何したら良いか?
人間の血が混じったディヴァインは、外見こそは15、16歳の少年ではあるが、
実際はイアラと同じくらいの年である。正確に言うと、彼の方が若干年上である。

 同じ様に混血を生み出すのでは、"自らが帝王に"の意向には成り立たない。
だが、優れた能力を持つ吸血鬼を生み出し、その能力、魔力を奪い、
我が身のモノとする事が出来たのなら。

 イアラは再びチェス盤に視線を向けた。

「まるで…サクリファイスだな…。」

 自らの駒を犠牲にした上で、良い状況を作り出す、
そんなチェスの技法のひとつに例え、イアラは苦笑した。


「全ては…帝王の座を狙う計画の為に、僕の命がある。」




 グラスに残る水滴は、まるで一滴の涙のように、――零れた。

110310

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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