Heller Mond. -名月







 帝王の子息が " 堕とされた "。

その話題が、一部の貴族の者達で広がる。

その話題を、偶然にも耳にし、表情が青ざめた一人の少女。
" 堕とされた "、それは即ち、魔界に戻れない、という事も指し示す。




――…嘘…!!嘘、嘘…!!



 彼女は走る。
走りながら、自分の中で反響する思考を止める事が出来ない。




"帝王"

魔界を治める、"Vampir"。

ダンピールの子を持つ父親でもある。
彼の圧倒的な力は、同じく魔力を持つものにとって、
その、魔力が尽きる事を知らないのではないか、という疑念さえも感じさせる。

 彼は始祖ではないが、生粋の吸血鬼である。
然しながら、魔力の強さだけで畏れられている訳ではない。
恐怖の嵩で得ている地位でもない。
吸血鬼特有の魅力で、皆を従わせている、訳でもない。

 闇の眷属でありながら、一度は人と 交わった 彼が、
今も尚、帝王の座にいる理由は如何なるものなのか。



 少女は走る。

誰かを探すかの様に回りを見渡し、走る。

(居た…っ!)

目を見開いた彼女は、息を一瞬詰まらせつつも、探していた者の名を、弟の名を呼んだ。

「イアラっ…!!」

 赤を淡くしたかのような色合いの髪を揺らして、彼女は叫んだ。

「……姉さん」

 壁に寄りかかり、窓から月の明かりを眺めていた少年は、
自分の下へ駆け寄ってくる姉に気が付き、答える。

「イアラ…!ディヴァが…、ディヴァが…っ!」

 彼女の言葉が途切れ途切れに吐き出される。
言いたい事を早く伝えようとして、言葉が文章として形成される前に、吐き出される。

「下に…どうしよう、どうして…ねぇ…、どうしよう…っ」

 イアラは姉である少女に比べ、冷静に彼女を見つめる。自分の腕を力強く引っ張る彼女を。

「姉さん、ゆっくり。ディヴァインが、何だって?」

「あ…、ディヴァが…堕とされたの…下の世界に…帝王が…」

 目に涙を溜めながら、先程よりは幾分か、落ち着きを取り戻した少女が、話す。
イアラは話の内容を全部を聞く前に"理解した"。

「落ち着いて、姉さん。」

 尚もイアラは平静を保ったままだった。中性的な顔立ちをしているイアラは、
その外見からは想像しにくい程の沈静を持ち合わせる。

「だって…!ディヴァは能力の殆どを封じられているのよっ!?
 飛ぶ事すら出来ない程に…!!もしも、もしも聖職者に見つかったら…っ」

 少女の瞳から、涙が、ぽたぽたと地へ零れる。

「姉さん…」

「今頃…どこかで倒れているのかもしれないっ…!!
 自分から行くのと、堕ちるのは、違うもの…っ!!」

「ティアナ姉さん」

「私も行かなければ…!お願い、行かせて…!!どんな罰でもっ」

「クリスティナ!」

 クリスティナ――…ティアナは弟の声ではっとし、言葉を失った。
大きな声で名前を呼ばれた訳ではなかったが、
自らの心が未だ乱れている事を、震える唇が物語る。

 その状態の姉を、イアラは目をそらす事もなく、その先の科白は言うな、と目で告げる。

「ティアナは人間の世界に行く事を、許されてはいない。」

その言葉にティアナは表情を曇らせた。

 人間側で例えるならば、愛する人が、大切な人が、例え一時的であろうとしても、
目が見えなくなるか、口が利けなくなるか、無一文のままか等で、
外国へ突如連れて行かれる感覚だろう。

 涙が溢れて止まらない少女が、堕とされた少年に対して抱いている感情を、
本人から聞いていなくても、イアラは知っていた。

「姉さん、ディヴァインは僕のビジネスパートナーだ。
 彼は何度も人間の世界に行き来しているし、帝王に"逆らって"も、
 命を奪われる事はなく、堕とされたのは帝王の計らいだよ。」

 イアラは慰撫する。姉の涙で、イアラの指先が濡れた。

「僕達に取っては能力はとても大切だけど、それを差し引いても、
 ディヴァインが強いのは知ってるよ。大丈夫、パートナーの僕が、それを保障する。」

 至極、イアラは冷静沈着ではあったが、温度の暖かい言葉が、
彼の口から語られる。

「待っているだけは辛い、そんな姉さんの気持ちは分かる。
 けど、許可を得ていないティアナが、掟を破れば、きっと"僕"が
 …仕事をしなくてはいけなくなる。」


それは、ハンターとして、掟を破った闇の眷族を、狩らなければいけない事を示す。


イアラは再び、ティアナの涙を拭った。

「…こんな風に、誰かを想い、涙する闇の者がいる事を、
 想像する事が出来る聖職者…神父もいるよ、きっと。」

 それは、イアラ自身の願望でもあった。彼とて、心配していない訳ではなかった。

「僕も…任務を積極的に引き受けるから、ディヴァインを"必ず"見つけるから」

「………」

「"絶対に"見つけるから。」

 不確かさであろう"絶対"という二文字ではあっても、
それでも彼女が安心するならばと、イアラは敢えて、口に出す。

 弟の腕を強く掴んだまま、声にならない感情を抑えた少女は、
窓から差し込んだ月の明かりが生み出す、
その、自分達の影を見つめ、静かに頷いた。

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