Eis auf dem Mond. -月の氷







 ドイツのローテンブルク。
そこに、小さな教会があり、一人の神父が居た。

 その男は聖職者…神父である。しかし彼はまるで"牧師"のようであった。
神父と牧師はその名を示す通り、神と人との仲介人が神父ならば、
迷える人々{子羊}を導くのが、牧師である。
神父には、ピラミッド型の組織があれば、牧師には無い。
ミサに置いて、細かい決まり順序があるのは神父だが、牧師に限ってはそうではない。

 その男は一人で教会に住んでいた。
時に子供達が訪れたり、修道院からシスターも足を運ぶ。
彼は牧師のような事をしてはいたが、神父と呼ばれていた。
尚、牧師の事は先生と呼ぶ。
その男は優秀な神父であり、優れた能力も持っていた。
だからこそ、司教達は彼に"ある程度"の目を瞑っていたのである。


 彼の名は、ユウリ・パーキンス。


ユウリは、分厚い本を読んでいた。
静かだった。あまりにも静かで、自分の吐息が聞こえるまでに。
それは、今の時間帯が深夜だという事を示し、
外も騒がしくはなく、寝る前のささやかなひと時なのも分かる。
机の上には、ロウソク。

ゆらゆらと揺れるロウソクの炎に、時おり目を配っては、
書籍の横文字を朗読していく。ラテン語で記されたその本を。



――――――瞬時。

 ユウリは確かな気配を感じた。声を出す事も無く、窓を見る。
感じた気配は気のせいではないと、自らの脈が訴えた。

強くなる、"闇の者"の気配。の中に、ほんの少しの懐かしい気も感じる。
ユウリは外へ出た。握り締めた十字架の感触は、冷えた感覚がする。

教会からは然程離れてはいない場所に、木に寄り掛かるかの様に倒れていた"何か"。
歩み寄れば、少年である闇の眷属が、肩で息をしているのみ。

「エストリエ?」

吸血種、若しくはそれに近い者だと、最初はそう思った。
が、その声を聞いた闇も者は青紫の目を薄く開いた。

(…違う)

思うよりも先にユウリは口を開いた。月明かりの下ではあったが、
ヴァイオレットの髪と瞳なのが分かる。
一瞬、 酔いが回ったかのような 感覚が、ユウリを襲った時に、

「Vampir…」

吸血鬼なのだと、すぐに分かった。


 恐らくこの場合、神父の行うべき事は、吸血鬼を捕らえ(若しくは退治)司教に報告、である。
しかし先刻から感じる懐かしいさが混じる気に、ユウリは思いを廻らせた。

「立てますか。」

神父は、声を掛けた。吸血鬼――…ディヴァインは、神父を睨み返した。

「安心しなさい。危害は加えない。ただ、"私の教会"へ君を"招く"。」

ディヴァインは弱ってはいたが、言われた意味は理解した。


吸血鬼を"招く"とは、云わばその言葉こそが、"招待状"となる。
吸血鬼は、優れた能力を持ち合わせるが、その反面、彼ら自身の制約も多い。



家人に招かれなければ、その室内には入れない。


ディヴァインは立ち上がった。教会にこの身を預けるつもりはなかった。
自ら、聖職者の囚われの身になる等と、出来る訳はない。

その意図を汲み取ったユウリは小さな息を吐いた。

「闇の眷属よ、他の神父に見つかれば厄介ですよ。
 それに、私の血では君を満たせないだろう。神父の、は。」

無言のまま、青紫の瞳が、ユウリを見つめた。

「せめて今の君が、もう一度飛べる様になるまでは、私の教会で羽休みをなさい。」


ユウリは、己の行為が、如何なる事かを知っていた。
それでも自分の意思を曲げる事は出来なかった。


相成れない種族ではあるかもしれない。
しかし、先入観がもたらしているのもまた、事実。


 この吸血鬼の懐かしい気が、一体何だったのか。
それは、自らの命を引き換えに知ることとなるのはもう少し先の事である。
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