ロゴ The bird which cannot fly  

- Un moment jusqu'a ce qu'il neige -



(*多分ラブストーリーです。)




「なぁ?今夜俺を、君だけのサンタクロースにしてくれない?」

「…どういう意味…?」



 澄んだ透き通った声が、先の問いに答えるのに、そう時間は掛からなかった。
微かな音と共に微風がブロンドの髪をなでる。
さらっと流れた髪に一瞬目をやった青年は、

「あ…うん、だよな」

と、苦笑いしながら言った。それは気落ちした風でもなく、
声色から"分ってた"という意味合いが含まれていた。

 辺りは夜にとても映えるイルミネーションが、瞬きをしている。
活気付いた街と人が交差し、街灯の灯火はいつもより楽しそうにも見えた。


 クリスマス


どれだけの人が今日この日、その単語を心に思い浮かべただろう。
家族も恋人も、又は友人同士だったりと、すれ違う人々が視界に入る。



「さて…なぁレディア、どんな所へ行きたい?」

 赤に近いブラウンの瞳が、言葉と共に真っ直ぐにレディアに注いだ。
"どんな所へ" その、明確ではない曖昧な言い方は、
 10数年間、城の外へは出た事が無かった、一国の姫を思っての言葉だろう。
当然、街にどんな店があるのか、何があるのか分らない。
城から出して貰えなかった理由の一つに、同じく一国の王子、
レディアの実兄が失踪してしまったからである。つまり、レディアは王女だ。

「貴方の行きたいところで…」

 暫し考えた後、レディアは答えた。

「俺は君が行きたい所に行きたいんだけどな」

 青年は半分、独り言の様に呟いた。
どうやらそう言いつつも、行き先を考えている様である。

「分った、じゃあ適当に歩いて回ろう。気になる店とかあったら言って。な?」

 レディアの隣を歩く青年は、楽しそうに笑った。

「えぇ。レリック、貴方も。」

「え?俺?あぁ、了ー解!」

 瞬時、目を丸くしたレリックだったが、頷いた後、真っ直ぐに前を向いた。
レリックを追う様に、少々レディアは小走りなる。
その時ちらりとレリックを見上げた。
正確には、横を向けばレリックの胸元の十字架に、目がいく。
十字架がまるで虹のように、周囲の光に照らされて、七色に光っていた。

(いつも付けてる…)

 心の中で呟いたレディアは、それをじっと見つめるような形で歩く。
レリックという名の男はレディアのボディガードである。
レディアが外に出歩けるようになったのは、レリックが護衛を
陛下に申し出たからなのだが、一筋縄ではいかなかったらしい。
 今では表向きはガードの依頼だが、その実がデートだったりする訳である。

(いいのかしら…)

 内心ではそう思うレディアだが、それが二人の逢える、唯一の方法だった。

「何か気になるのでも見つけた?」

「え?」

 突然降ってきたレリックの声に、レディアは思考が一時停止した。

「いや、こっち側見ていたからさ。」

「いえ…店の外装が綺麗に飾られてると思って…」

 等と、口にしたレディアだったが、店の外装は目には入っていなかった。

「あぁ、特にあの店のデコレーションはロマンチックだよな。
 隣の花屋はモミの木が沢山置いてるし。その隣のパン屋はすげー華やか!」

 レリックの弾んだ声に合わせるかのように、
レディアも花屋に、パン屋、と目で追っていった。

「綺麗…」

 思わず声に出してレディアは呟く。

「うん、そうだよな。でももっと綺麗なものを俺は知ってる。」

レリックが言い切る。


「………何?」

レリックの言葉を聞いてから、数十秒経った辺りで、レディアは尋ねた。

「俺の隣を歩く、君。」

 レリックが何の躊躇いもなく、答えた。
少し前の会話辺りから、レリックがそんな風に言うのを、
なんとなくでも予測出来た人は多いだろう。
唯、レリックの言葉は計算されたものではなかった。
 しかし、それに表情を大きく変えるレディアでも無い。

「貴方…いつも他の女性にそんな事言っているの?」

「え!?まさか…!!何で?言ってないよ、そんな恥ずかしいだろ。」

どうやら、レリックにも多少の羞恥心はあるようだ。

 実はレリックは、レディアの視線に気が付いていた。
本業がボディガードであるレリックは、常に周囲に目を光らせる。
今こうしているこの場でも、抜かりは無しだ。
 あまりピリピリしていると、彼女に勘付かれるので、そこは考えてはいるが、
その彼女から送られていた視線に、居た堪れなくなったので、
先に口を開いたのである。

「あ…」

 不意にレディアの足が止まった。

「ん?如何した?」

「…手前の雑貨屋、少し気になって…」

「あぁ、此処?いいよ、入ろう。」

 言うなりレリックはギィ、と音を立てる木製の扉を開けた。
何も言わずレディアを中に入るよう、促す。
 足を踏み入れた雑貨屋の内装は、ライトに照らされる橙色がほわっと色付き、
どこか懐かしい様な空気が漂う。
 職人が一つ一つ手作りで作ったであろう小物の数々や、
美しい柄がさり気無く描かれた食器、数々のアクセサリーが目に入る。

 レディアは店内を一瞥した後、オルゴールの雑貨の前で立ち止まった。
数々の品を流れる様に見ていたレディアだが、はっと目の動きが止まる。
そんなレディアの様子にレリックは気が付いて、彼女の視線の先を追った。

 星屑をシンプルながらも上品に誂えたかの様な、
小さな箱型のオルゴールがそこにあった。

「これ?」

 レリックが固まっているままのレディアに訊いた。

「え?あ、いいな、と思っただけで…」

「気に入った?」

「………あの、レリック…」

 今にも品物を手に取り、会計に向いそうなレリックにレディアは困惑する。
正直、一目見た瞬間に気に入ってしまった。
しかし、あまり言いたくはないが、お値段の方も立派である。
 一様、書物でそれなりに学んできたレディアは、
物価に関して全くの無知という訳ではなかった。

「気に入ったんだよな?それとも別な物だった?どれがいい?」

 レリックは再び尋ねた。

「えぇ、気に入ったのは確かなのだけど…でもいいの。」

「いいのって…何で?」

「だってそんな高価なもの…あ、自分で…!自分で買うから…」

 レリックは目を丸くした。確かに今のレリックの身分では
そう容易に買える代物ではない事は分っている。理解もしている。
だがしかし、例えそうであっても、レリックには一つ、思っている事があった。

「レディア。知ってる?どこかの世界にはこんな話があるんだ。」

「話?」

「そう、いい子にしている子の元へ…なんとやら。」

「なんとやら?」

 レリックが濁らした箇所を、レディアが復唱する。
レディアの言葉を聞いた後、レリックは店内をぐるりと見渡した。

「じゃあ、会計に行って来るよ」

 レリックが踵を返す。

「待って…!本当にいいの!」

 レディアはレリックの腕を慌てて掴み引っ張った。
普段大人しい彼女の、否、クールとも言える彼女からの予想外の行動に、
レリックは口を少し開いたまま、静止する。
レディアも自分の思わぬ行動に、固まる。

「俺言わなかったけ?"今夜俺を、君だけのサンタクロースにしてくれない?"って。」

 お互い固まったままだったが、先に口を開いたのはレリックだった。

「…………」

「だから、そんな事言うなよ。此処で待っていて。」

 それだけ言うと、再び店内を見、レリックは歩き出した。 
そんなレリックの後ろ姿を見送るかの様に、レディアはその場に立ち止まり、
言われた通り待つ事にした。


 数分。



 その時間が少し長く感じる。
 レディアの心の中は胸がさわぐような、落ち着かない思いが交差する。
期待というような、わくわくするような、嬉しい、そんな感情。
ふと視線を上げれば、目に映る人々が楽しそうに歩くのが見える。
先程まで隣に居たレリックが居ない今、些少の時間の空気が少し寂しい。
 本当は、「可愛いい!」だとか「欲しい!」とか、素直に言えたら
良いのかもしれない。女の子らしく、少しでも甘える事が出来たなら…。

(早く戻って来ないかしら…)

 声にならないその言葉は、レディアの頭の中だけで響く。
そんな風に思いながら、レリックが向って行った方をもう一度目だけで探った。
丁度その時、レリックの姿を確認する事が出来た。

(あ…来た…)

 再び心の中で呟いたレディアだったが、先程の様子とは違う、
レリックの姿があった。
困惑したというより、憮然した表情でレリックはゆっくり近づいてくる。

「レディア…ごめん」

レディアの前に立ったレリックは、確かな口調で、俯き加減に告げた。
紅茶が濁ったような、そんな声色で。

「………?」

 意識的にレディアは瞬きをする。

「ごめん、…買えなかったんだ」

 今度はしっかりと、ブラウンの瞳がレディアを捕らえた。
しかし、彼の声は滲んだような、けれども聞き取れる音で、再びそう言った。

「…え?えぇ…」
「ごめん」

 言いながら、緩慢にレリックは瞳を、目を閉じた。

「いいの、いいのよ」

 レリックの一つ一つの動作と、吐き出される科白に居た堪れなくなったレディアは、
行き場の無い両手を宙に泳がせながら、必死に言葉を紡ぐ。
レリックは困った様に苦笑し、口を端を硬く結んだ。

「…私はもう十分よ。行きましょう」

 特に何も追求せず、レディアは微笑む。エントランスへと歩き出したレディアだったが、
木製の扉を先に開けたのは、扉の前で一・二歩先回りしたレリックだった。
 どうぞ、と、声には出さず彼は仕草だけで表した。ごく自然な、純粋な動作で。
同じく声に出さず、軽く礼をしたレディアは雑貨屋を出る。

 レリックの様子が気になりもしたが、レディアにはレリックの顔を見る勇気が
今ひとつ無かった。目が合ったら、何を言っていいのか分らない。
勿論、レディアは先程の事を気にしている訳では無い。
だが、どう言葉にして言えばいいのか、自問せざるを得ない。

 壮麗な建物が並ぶ夜の景色を、ぼんやりとレディアは見つめながら歩く。





「なぁ。」

 突然、レリックがいつもの声のトーンで言った。

「お腹空かない?俺さ、美味しいと評判の店、チェックして来たんだ!」

「どんな所?」

 レリックの明るい声を聞いて、レディアは少し安心した。

「うーん…どんなって言うと…落ち着く所かな?俺もまだ食べた事ないから
 分らないけど、ウォンがさ、お勧めだ〜みたいな事言ってたからさ。」

「どんな料理かしら?楽しみね。」

「だろ!?好みにもよるけど、味付けとかさ…!俺としてはやっぱ気になるなぁ」

 楽しそうに声を弾ませるレリックの隣で、レディアは何かを言おうとした、その瞬間。

「良かったな、親切な人で」

 成人男性の声が後ろから聞こえた。

「うん!お姉ちゃんの部屋で似たようなのを見て、私もこれ欲しかったんだ!」
「じゃあ譲ってくれた人に感謝しないとね」
「うん…!綺麗でしょ?この星の部分。」

 13、4歳前後の女の子の声と、母親らしき女性の会話が二人の背後で、
リズミカルに耳に残った。
 ちらりと振り向いたレディアは、
家族団欒の風景の中で見覚えのある物を確認する。



オルゴール。



「…レリック…」

「……あー…えーと…うん、御免。察しの通り。」

 きまりが悪い顔をしたレリックが、間を置いて、実は…と話し始めた。
 あの後レジに向おうとしたレリックだったが、
突然響いた声の元へ、レリックは視線を向けた。

「あれ!?確か昨日はここにあったのに売れちゃったのかな」

「それじゃあ仕方ないな」

「えぇ――!!?」

 その様子を見ていたレリックは、あの場所にあったものは…、と
自分の手の中のオルゴールと、女の子の居る場所を交互に見た。

 …これだ、きっと。

 レリックはオルゴールを暫し見つめた後、落胆している女の子の家族の元へ、
歩み寄っていた。レリックの今現在居る位置からは、レディアが見える。
けれど、レリックは家族に、こう、告げていた。

「あの…もしかしてこれですか?」

「あ、そう!それ…!」

 レリックの方を振り返った女の子が、高く声を上げた。

「ほら、もう他の人のだから、諦めなさい」

 父親が、宥める形でゆっくりとした口調で女の子に言う。
しかし、レリックは迷わず口にした。

「俺まだ会計してませんから、どうぞ」

「え?でも…いいんですか?」

 側に居た、母親が申し訳なさそうに、レリックに目をやった。
彼女へのプレゼントなのでしょう、と母親が言おうとするよりも早く、

「はい」

 言葉と共に、レリックは、女の子へ、オルゴールを手渡した。

「有難う、お兄さん」

「いーえ!どういたしまして!」

 女の子とそんな風に会話した後、母親と父親がレリックに会釈する。
そんな家族の様子を黙って見ていたレリックは、
自分を待っているであろう、レディアの元へ歩き出した。


「それで…渡しちゃったんだ…あの子に…」

レリックがかなり申し訳なさそうに呟く。

「えぇ。貴方の行動は正しいわ。それが貴方だもの。レリックらしいわ。」

レリックは困惑混じりの微笑を一瞬したが、すぐにいつものように笑った。


「さっきの話。私知ってる。」

「…さっきの…あぁ、いい子にしてたら…」

「うん、それ。私はこうして貴方と一緒に歩けて、本当に十分なの」

 ふわりと、レディアが優しい笑みを浮かべ、嬉しそうに言う。
 レリックは瞬きを数回した後、ロングコートのポケットの中に手を入れ、何やら漁った。
レリックの動作を見守るように見つめていたレディアに、

「…レディア。手を出して。」

 と、レリックは言った。

「手?」

「俺なりに凄く悩んだんだけどさ。ん〜、どうかな?」

レリックは言いながら先程から手を入れていたポケットから、何かを取り出す。
手の平に収まる正方形の箱が、レディアの差し出された手の平に音も無く乗せられた。

「…これは…?」

「いいよ、開けても。」

 箱を一瞥したレディアは、そっとリボンに手を掛けた。
 シュル、と包装紙とリボンが掠れる音が、
夜空の下で、やけに響く。そのまま、レディアは箱のふたを開けた。

「ブローチ…」

「本当は一番最後に!何て…と思っていたんだけどさ。」

 箱に入っていたのは、淡い桃色の色が微かに香る、
雪の結晶の形をした繊細なジュエリー。派手すぎず、
且つシンプル過ぎない、粉雪の様なブローチがレディアの目の前で輝く。


「Happy Merry Christmas…」


 レディアの耳元で、小さく甘く囁かれた彼女だけへの言葉。
空気の振動が呟かれた音を拾い、形として形成する。
 レリックはレディアの幸せそうに笑った顔が、笑顔が見たかった。
今日この日は楽しんで欲しいのと喜んで貰いたい。
それがレリックの思っていた事でもあった。


「さて…参りましょうか?俺のお姫様」

白皙(はくせき)の肌を紅潮させたレディアを前に、
レリックはまた、いつもの笑みで、いつもの様に口の端を曲げて笑ってみせた。
 差し出された手に答えるように、レディアも手を伸ばした。

「Merci」

 ただ、それだけをレディアは言う。

 今度はいつ逢える?と二人は心に思いながらも、それを口にはしなかった。
今は繋いでいるこの手が、確かなものであるのに変わりはなかったのだから…。









 氷の結晶がまもなく降り注ぐのを、二人はまだ知らない。









End
2007/12/11


結構前に出来ていたものを、クリスマスを狙ってアップしました;
気が付いたらレディア視点風味でした。

 


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