ロゴ  涕追想   

 -4- 【 不満 】







  暴れた所為か、俺は疲れていた。貧血で睡魔も襲ってくる。

 ぐったりとソファの上で寝転んでいると、青年が"何処かの誰か"に
電話をかけるのか、携帯電話を上着のポケットから取り出した。
 青年の銀色の十字架も、携帯電話も、ただ、俺の目に映る。
 
 横目で盗み見た侭、俺はぼんやりとしていた。
何もかもが今は如何でもよくなっていた。
喉も渇いている。苛々もしている。体はダルイ。

 青年の手によって再び清楚な空間に生まれ変わったこの部屋は、
青年によく似合っている。…よく見れば、幼さを残したそれなりに整った容姿。


「出ないなぁ」

 電話先の相手が応答に答えないのか、青年は呟く。

「………………」

 それ程長くもない沈黙の後、青年が目を見開いた。
相手が電話に出たらしい。
 青年はちらりと俺を一瞥したが、その表情は依然として渇いていた。

「はい、灯夜です。ちょっと来てくれませんか?
貴方の方が言う事聞いてくれそうなので。」

 俺は黙って聞く。
"トウヤ"、それがこの青年の名前なのだろうか。
まさか、この青年は怒っているのだろか?そんな事は如何でもいいが、
余計な人を呼ばれても困る。
だが、容易に想像はつく。この青年が何度も連絡を取っていた男。

「解りました。私は席を外しますよ。構いませんか?
……………了解。」

 青年はそれだけ言うと、電話を切った。
全くの無言だった俺の方を向いたかと思えば、青年は冷たい声で言う。

「貴方の気にしていたリーダーがこちらに来ますよ。
苦情とご意見は彼にどうぞ」




*




*



*




 俺は今、煙草を口に咥えた侭、何も言わない男と向かい合っている。
テーブルに椅子。正直俺はソファでのんびりしたい所だが、
そうはいかない状況になっていた。
 お互いに何も話さないから会話が進まない。
この無言男がエントランスから居間に入り、交わした言葉は一言。

「待たせたな」だけだ。

 無論、それは俺い言った訳では無いが。


 青年は居ない。

 電話で席を外すと言っていたのだから、居ないのは不思議では無い。
問題なのはこの、目の前の男。

 何?この空気?等とは口が裂けても言えない。


 しかしいつまでも無言な侭な訳にもいかなかった。
男は口元に静かな笑みを浮かべた侭、俺が何か言うのを 待って いる。

 俺は脚を組んで偉そうに男を睨んだ。
自分の口からは何度も溜息が零れる。

 しかし男はそれさえも楽しむ様に、声無き笑みで嘲笑う。


 時間だけが過ぎていく。
 俺は馬鹿馬鹿しくなって漸く、口を開いた。

「あのさ、アンタ、何が目的な訳?意味解
ねーんだけど?」

 男の視線が俺を真っ直ぐに見たが、それも一瞬だ。
すぐに視線を俺から逸らしたが、それは煙草の火を消す為だけだった様だ。

「………そう、吠えるな。躾がなってないな、お前。
まぁ、部下は上司に学ぶと云うしな。」

「………煩せーよ!アンタ誰?」

 不愉快だと思った。
何故そんな事を言われなくてはいけないのだろう。

「俺か?今のお前に名乗る名は無いな。」

 この男からは余裕と言わんばかりの空気を感じる。


「はっ?いやなんか、すげーむかつくわ。
 何がしたいんだよ、一体。」

「…………灯夜から何も訊いてないのか。」

"灯夜"。それはあの青年の事だろう。電話でも名乗っていた。

「何を?」

俺は不機嫌そうに訊き返した。

「チャンスだ。一度殺し損ねたターゲットをもう一度。
 出来るよな?」

「………チャンス………だって?」

 あまりにも唖然とした返答が返ってきて、俺は耳を疑った。

「あぁ。俺が交渉したんだよ。俺はお前を知っていてね。
 血の香りをまとった高校生だったな、誠司君。」

「!!」

「とはいえ、俺も同じ高校だったんでな。
すぐに分かったものだ。コイツ、同業者かってね。」

 俺は渋面を隠さなかった。目の前にいる男は、俺と同じ高校、
という事になる。俺は今19歳だが、ほんの少し前まで、
この男と何度も接触していたという事か?校内で?

 交渉、と云うのは俺の所の上の人物とだろう。
そう言えば、灯夜って奴が言っていた。

 『貴方の所有する組織と、私の所有する組織は取引仲間です』

と。


 だが俺はこの目の前の男に接触した覚えは無い。
 一応。俺は組織の連中に、高校までは行かせて貰えた。
だが恐らく学費は、俺が稼いだお金なのだろうが。

「俺の名の隣にいつも、お前の名前があった。」

 隣?コイツの名前の隣に俺の名前?

「…………知るか。そんな事。」

 俺は些か検討がつかないので頭を傾げる。

「…………まぁ首席はいつも俺だったしな。
お前優秀な成績だったろ。所詮は二位だがな。
俺達は殺し屋だが、『学生と云う言う身分』も果たさなければならなかった。
そうだろ?ああいう所ってのは結果が全てだ。
良い点取れば頭が良い、悪い点取れば頭が悪い。とかな。
単純だが、勉強した、してない、真面目、不真面目、とかな。
下らない。本当の利口さってのを解ってるのか如何かは俺の知る由ではない。
だがそう云った中でやりやすく過すには優秀で有ればいい。」

「……………っ」

俺は男を見据えた。


「さて。お前のトコの頭と交渉した結果でも話そうか?」

「……………………」

「言っておくが、自分に暗殺命令が出ているのは知っているな?
その指示を貰ったのは俺なんだぜ?」

「何だって…………?」

 俺は声を上げたのを自分でも気づいた。
あの青年ではなく、リーダーと呼ばれたこの男だったと言う事か。


 ―――ガタン!


 突如、椅子を引く音が聞こえた。



 ―――ガチャリ。



 鉛のこめられた拳銃が、俺に向けられていた。
それは一瞬の動作だった。気がつけば向けられた銃口。
 男は立ち俺を見下ろし、微笑みを崩さず口を開く。

「一発でいい。それで、お前の全てが終わる。」

 空気は冷たい。今更ながら、傷口が痛みだした。
煙草の煙が喉に引っ掛かる。

「いいのかよ?この部屋の住人は大層な綺麗好きだぜ?」

 俺は自虐地味た微笑みを男に向けた。

「ふ、お前の居なくなった後の事は思索するな。
俺がお前を始末すれば俺の任務は完了する。
それは理解出来るよな?…だが、チャンスをやるって言ってるんだ」

「……何故だ。…アンタ、依頼人を裏切るのかよ?」

「その依頼人はお前がやりそこねた人物だ」

 俺は黙って考える。

 つまり、俺が殺し損ねたターゲットが、
この男の所属する暗殺組織に依頼をしたが、
この男は俺の所属する組織に、チャンスをやれと頼んだって事になる。
同業者故の情けか?否、違う気がする。
俺はもう、あの場所に戻れない。

「……俺は、まだ死ねない。死ぬのは…それはこの手で…
俺のターゲットを…。は!どーせ俺に選択肢なんかないだろ。」

 男は身動きしないまま、微笑むだけ。
それが無性に苛立つ。

「お前、あの銃が愛銃でもなんでもないだろ?
そもそも銃じゃないだろ?言ったよな、お前は血の香りがしたと。
胸ポケットに入れている それ は何だ?」

「――――ッ!」

 俺は殺しに銃を使わない。
胸にしまっているナイフ。それを気づかれた。

 でもあの日は如何しても、ナイフは嫌だった。気分が乗らなかった。
今思えば、それが間違っていたのかもしれない。

 でももう遅い。

 過去を悔やんだところで過去には戻れ無い。


「まぁいい。プライドが許さないならあの銃でやるんだな。
お前が決行する時に持って来てやるよ。」

 男はそう言うと、銃を上着に仕舞こんだ。俺の銃は戻ってくる。
 如何してもあの銃でなければ嫌なのは、
半分は意地の様なものだと自分でも解っている。

 ………俺はあの日の事を鮮明に思い出す。
子供を愛しく抱く、あの光景を………。
躊躇ってしまった自分の愚かさを。

 ………あのガキさえっあいつさえ………居なければっ……

計算は狂わなかった筈なんだ―――――。






 子供の頃は寂しかった記憶しかない。

いつも一人で居た気がする。

寂しい、そんな感情が酷く邪魔に思えた。



 他人の幸せが酷く憎らしかった。

でもそう思っている自分が酷く惨めだった。


 4年前、15歳だったあの日、大雨が降っていて俺は濡れながら歩いた。

何を信じていけばいいのか見失った。

欺瞞と嘘が溢れたこの世界に俺は居る。



 自分の手で壊せる物が欲しい。





 ―――母親が、殺された日、涙よりも沸いたのは殺意だった。








「アンタの言った事は解った。俺はそのチャンスとやらを貰うよ。
勿論、銃だけ貰って姿を消す、なんて真似もしない」

「へぇ。」

「俺はこの世で一番許せない人物が居る。絶対に許せない。
だからお前に殺される訳にはいかねーんだよ」

「あぁ。」

「どうせ、アンタは金で取引したんだろ。俺は売られたって訳だ。
俺の上司は…あの男はそう言う奴だ」


 そもそも、この目の前の男はどれ位の地位を持っているのか俺には解らない。


「間違ってはないな。正解、とは言わないでおこう。
ならお前は俺の仲間になるな」

「…………仲間?」

 目の前の男が真面目な顔して言うので、俺は眉を顰めた。
男は静かに椅子に座り、煙草を吸う。
 この男、無の表情か、嘲笑う表情しか、しない。

「そうだ、仲間なんて単語は嫌いか?今迄は単独行動だったらしいな。
 聞き慣れ無いか?それでもいいが。」

 男は淡々と言う。
随分と云ってくれるものだ。

「………っそうか。あの青年。灯夜だっけ?
あいつが自分の名前を名乗るって言い出したのはこう言う事か。
なぁ?永智。」

 灯夜は知っていた。俺が売られていたのを。
永智の所属する暗殺者の組織に。
俺は、俺は…所属はしていたが形式だけだ。
仲間なんて甘ったるいもの等いらないし、実際任務は独りだ。

 灯夜が言った自己紹介は…俺を迎え入れる為に…。

 俺に電話してきた上司だってそうだ。
黙って売られろ、という意味だったのか、あの電話は。

「一通り頭は働くらしいな。明日お前に銃をやるよ。
全てはお前自身が決める事だ」

 永智は立ち上がって俺を見下ろした。
 それだけの行動だが、何だか無性に腹が立った。

「言っておくが俺は、お前に飼い慣らされるつもりは無いからな」

「それは良かった。俺もお前を飼い慣らそうとは思って無い」

 何だかその一言もムカついた。
ムカついたので永智が吸っていた煙草の箱を。俺は思いっきり握り潰した。



2005/9/15
加筆修正:2013.0618


 


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