ロゴ  涕追想   

 -3- 【 別離 】







  どのくらい、そうしていただろう。

 部屋の中が暗くなっていた。俺はいつの間にか寝ていたらしい。
物が錯乱しているこの部屋の中で、俺はソファの上で辺りを見渡した。

 こんな所にいる場合では無い―――………。

 重たい体を起こした。血が流れた。
そんなものは如何でも良かった。

 窓の硝子を割ってでも、此処から出て行く事を決めた。
あの青年が、後でどうなろうが関係の無い事だ。

「…………俺のS&Wは?」

 今頃になって気づき、俺は自分の銃を目で探す。
先程暴れた時に出てきても良さそうなものだが…。
部屋を眺めていてもそれらしき物は見つからない。

 この部屋以外の所に隠して有るのではないか。
そう思い、隣の部屋へのドアを開けようとした、が。
虚しくガチャガチャと音が響くだけで、開く気配は無い。
鍵が掛かっているのだと、知る。

「はぁ!?」

 俺は怒りの混じった溜息を吐いた後、仕方がないので再びソファに戻った。
ソファくらいしか、座れない程、酷い有様だからだ。

 ズキッ。

 痛みが、じわじわと襲ってくる。
絶えがたい苦痛が、襲う。

 あの時、一瞬出遅れた時、男のSS(ボディガード)が、
俺に銃を向けた。だが、ターゲットが、"何故か"撃たせなかった。
しかし、ターゲットの男は懐から長めのナイフで、
俺の胸を切り裂いた。俺は反射的にそれでも避けた。

 その時は痛みよりも、熱さが胸を焦がした。
俺は走った。足は重みを増したが走った。
血の跡は残さぬよう、なんとか思考は働いていたが…
息が苦しくなった時、俺はあの場に座り込んでいた。

 静寂の街頭の下。
人目が付かない、あの場。

その場所まで俺は必死に走っていた。

 死にたく無かったからか?
 生きたかったからなのか?
 まさか、恐怖があったとでも?

―――…馬鹿馬鹿しい。

 赤ん坊を抱いていたターゲットの男。
幸せだと語っていた、あの表情。

 "この侭では終わらせない。"終わる事等、"出来ない。"
俺の身体はまだ動く。身に付いた技術は、簡単には消えない。
何れにせよ、銃を返して貰わなければ。あの青年の帰宅を待つしか、無い。

*



*



*





 青年は真っ直ぐ自分の家に向っていた。
いつもなら、[アジト」へ行くのだが、今の任務を遂行する為に。

「軟禁は趣味ではありませんけどね…。」

 部屋に鍵を掛けたとはいえ、窓は封じてはいない。
脱出しようと思えば、出来ない事もない。
 だが、出来るだろうか。途中で気がつくはずだ。
彼の、尤も大切にしている愛銃の存在を。

「尤も…銃を見捨てれば別ですけどね…。
代わりは有ると言えば…ありますし。」

 果たして、自分の大切な物を置いて、自由を取るか。
自由、という単語は合わない気もするが。

 青年は自分の家の前に立ち、眉を寄せた。
何故だか嫌な雰囲気を感じ取る。

 静かにドアに手をかけ、開けた。

ひやっと、冷めた空気が鳴り、自分を射る様に流れた。

 殺気。

 その侭動きもせず、暗いエントランスで青年は息を飲んだ。
今、喉のあたりに冷たくて、鋭い、鋭利な物があてられている。

 ナイフが。

 動けば、ナイフを引くつもりなのか、脅しか。
部屋中からは微かに感じる血の匂い。
青年は両手を顔の横まで上げた。

「何処へやった?」

 何を。等と無粋な事は言わなかった。解っていた。
青年は一呼吸置いた。

「言いますから。でも身動き出来なくて苦しいのですが。」

「口だけ動けば十分だろーが。」

「でも私が居ないと、手に入らないと思いますよ。」

「それはどうだか。」

「本当です。」

「いいから言え。」

 両者一歩も引かない。この侭では解放してくれそうもない、と青年は悟った。
すぅ、と息を飲み込んだ。

 時間稼ぎはこのくらいで良いだろう。

―――…瞬時。

 顔を僅かに上に上げ、刃物と数ミリ距離をとる。
彼が目を見開いたその一瞬の隙を逃さず、右腕の肘で彼の胸を殴った。
力の抜けた手からナイフがすり抜けた。
青年はナイフを見守る事なく彼の手首を左手で掴んだ。
さらに構わず、左足で、彼の脚を思いっきり蹴る。

「………っ…………!」

 腰を曲げ睨む彼を放置し、青年はナイフを上品に拾いあげる。

 元々負傷していた相手だ。
暗闇の中で目が安定するまでの時間稼ぎは、そう長くは要らない。
 呻き声と共に、腹部を抱えて膝をついた彼は、睨む事で精一杯らしい。

 それはそれで、部屋の状況が気になったので、
取り敢えず電気を点ける事にした。




* * *




「何ですか!?これは!!」

 青年に"ケリを食らって"無様に倒れかけた俺にはお構いなしに、
かなり高い声で叫ばれた。
頭にガンガン響く。結構、キツイ。
俺は目も合わせず、開きかけた傷口に包帯を適当に巻いていた。

「うわっ……如何したらこんなに、汚く出来るんですか!?」

 愕然とした声を青年が発する。
目茶目茶になった部屋を見て、驚きを隠せない様だ。

「あんなに、綺麗だったのに……貴方は野獣ですか?」

「ぬかせ」

「あーあーあーもう、掃除するんで、
貴方はそこのカップ麺でも食べていて下さい。
どうせ、手伝う気もなければ、何も食べてないのでしょう?」

「要らない」

「毒なんか入ってませんよ。カップ麺ですし。
栄養の有るものを作って差し上げたいのですが、
そんな気力、いくら私でも失せますよ………。
この部屋を見れば………。」

 青年はせかせかと片付け始めた。
リビングには大抵の物はそろっているらしい。
ゴミ袋を広げ、作業に集中している。

 さっきまで殺されかけていたと言うのに………。

 俺は言われた通りカップ麺でも頂こうと、お湯を沸かした。

「あぁ!?この酒。高かったんですよ!?全部割れてる!!」

「酒?お前未成年だろうが!」

 俺が所構わず割った敏の中身は酒だったらしい。

「私が飲むんじゃありませんよ!取引先の相手です。
あー…請求しますよ。この酒代だけは!」

「そんな金有る訳ないだろ」

「無くても請求します。絶対に返して頂きます。」

「……………………………」

 この青年は意外な所で頑固なようだ。
カップ麺のお湯を注いだ後、俺は唯黙った。


「さっき。」

「は?」

「さっき、何故躊躇ったのですか?」

「躊躇った?」

 俺がいつ、躊躇ったと言うのか。
 見る見ると部屋を綺麗にしていく背年を俺は睨み返した。
青年は気にせず、片付けを進める。

 直ぐに俺も視線をずらし、カップ麺を啜った。

「貴方には迷いがありますよ。だから私を殺せない」

「…………!」

 俺が視線を逸らすや否や、青年は呟いた。
自分の弱点を言われた様で、腹が立ったが、俺は黙る。

 沈黙が続く。

 ふと、青年の動きが止まった。
俺は気にしなかったが、視線を感じた為、怪訝な顔を青年に向けた。
案の定、青年は俺を視ていた。

「下手ですね。暗殺者の割りには。」

 それだけを言うと、テキパキとした動作で部屋を元に戻していく。

 暴れた所為で、傷口が開き、血が滲み、尚且つ、
その侭にしていたお陰で血塗れだった俺は、
帰宅した青年を殺し損ねた訳だが、自分でも手当が下手だと思った。
 自分の手当等、した事はあまり無い。
俺は任務で過失する事が、然程なかったからだ。
 
 青年は肩をすくめ、溜息を吐いた。


*

*



「さて。食べましたね?」

「は?あぁ」

 片付け終わった青年が、カップ麺を食べ終わった俺に言う。

「…………貴方の銃、場所を教えましょうか?」

 青年の口からそんな科白を言われた瞬間、
俺は自分が物凄く怪訝な顔をしたのが解った。

「…………場所は?」

 俺は静かに問う。
銃さえ手に入れば、こんな所にも、この青年にも用は無い。

「私達のアジトにあります。」

「はッ!?」

 だが、次に聞いた言葉の所為で、俺は間抜けな声を出した。
目を丸くするだけの俺に、青年が、笑った。

「自己紹介しましょうか?」

 さらに、何を言い出すのかこの青年は。
俺は眉を顰める。

「私は貴方の名を知っている。これではフェアではないでしょう?
でも簡単に教えてはつまらなかったので。」

「そんな事はどうでもいい。俺はあの銃を返して欲しいだけだ。
友達ごっこなら他所でやれよ」

 馴れ合う必要は無い。
さっさと俺はこの場をおさらばしたいだけだ。

「なら、貴方の銃で、貴方を撃ち殺してもいいんですね?
その後に返して差し上げましょうか?」

 青年は言った。
唯、言った。

 それは揶揄でもなく、冗談でもなく、本気の言葉だった。
青年はきょとん、したままだ。

「意味解んねぇよ……!何がしたいんだ、お前!?
それとも俺を殺せってリーダーとやらに言われたか?
俺の銃、アジトにあるって言ってなかったか?」

「ありますよ。」

 青年は無表情の侭、答える。
俺は唯黙った。如何にも俺にはこの青年が何を考えているか解らない。
 善と悪が解らないって訳でも無さそうだ。
………同業者なら…命のやり取りに慣れすぎたのか。



「殺す必要は無い、確かに私はそういう命を受けた。
消す必要は無い、ともね。けど生かしておけ、とは言われてないんですよ」

 そう言うと青年は口元に手を当て、笑う。

「………………貴方の所有する組織と、私の所有する組織は取引仲間です。
よって、貴方の身柄を確保して欲しいと頼まれたに過ぎない。
但し、貴方の身を思っての事ではなく、
身についた殺しの技術を失う訳にはいかない。
私達は感情を棄てねばいけませんからね?静司さん?」

 微笑した侭の青年を俺は睨み返し、銀色に光る十字架を見つめた。



2005/08/09
加筆修正:2013.0612


 


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