ロゴ  涕追想   

 -2- 【 十字 】







  どのくらい眠っていただろうか。間も無くして俺は目覚めた。
 ぼやけた視界からは、見慣れぬ天井が映り、妙な感覚に襲われた。

 ソファ?俺はソファの上で寝ていたのか?

「…………?」

 何処だ、此処は、と頭の中で呟いた。意識がまだ朦朧としている。
場所と状況を把握しようと、起き上がろうとした、が――−…。

「―――――−ッ!?」

 痛みが全身を走った。電流くらいの早さで一瞬。
俺は思わず体を折り曲げた。

「…………っ、痛て…………。くっ、何処だ?………此処は?」

 痛みでクリアになった意識。今度こそ、俺は周りを見回した。
見知らぬ部屋に俺は、居る。
 ふと、背後から視線を感じ、俺は神経に集中し、身構えた。
痛みがズキンッと、刃物で引き裂かれた様に走る。
目の前に居るのは学生服の男…否、青年。

「お早う御座います。お目覚めは如何ですか?」

 にこり、と綺麗に笑いながら、何を言うのかと思えば…。
そう云えば、思い出した。この青年、確か昨日の…………。

「最悪。何で俺此処で寝てた訳?有り得ねぇー」

 何で、も何もなかった。"他人の家"で熟睡してしまった事実が、
俺を苛々させる。基本俺は睡眠はいつも、浅い。
だが、寝た、という感覚がきちんとある。
 いつ命を狙われても可笑しくない状況で生きてきたというのに。
いくら深手を負っていたとはいえ、"他人の家"で目を瞑るとは。

「有り得ない…………」

「何が有り得ないと言うのですか?まさか、自分の状況把握してないとか?」

「してねぇよ………多分」

 平然としている青年の様子は、何だか俺の癪に触る。
昨夜、確か同業者かと思ったのだが、気のせいだったか?

「安心して下さい。此処にいる限りは安全です。
 貴方、今命狙われてますよ。ターゲット側からですけど。」

「………………は?」

 俺は目を見開いた。今、コイツはなんて言った?
青年は俺の目線に合わせる為、膝を折り曲げた。

「ですから、貴方のターゲット、が逆に貴方を暗殺命令したんですよ。」

 俺は眉を顰めた。

「それが、お前?」

 今度は青年は目を見開き、苦笑いをする。

「人の話をよく聞いて下さいよ。此処に居れば今は安全です。」

「信じる訳ねーだろ。こんなとこ居られるかっての」

 俺は視線を逸らした。なんとなく、目を合わせたくなかった。
青年が立ち上がって俺を見下ろしたのが解った。

「うわー強情」

「煩せーよ。大体アンタ、何?何様な訳?」

「……………そうですね…。ヒントはコレです」

 チャリ、と鎖の音が微かに響く。青年を見上げた俺は目を細めた。

「は………十字架?」

そうだ、確か、十字架つけてたな、コイツ。

「……………それが如何した?」

「本物ですよ。」

 青年は俺の瞳の目の前に首からぶら下げたままの十字架を持ってきた。
無理矢理視界に入った銀色の十字。

「…………何?神父だって言いたいのか、お前は」

「そうです。」

「そうです、じゃないだろ、学生服来て言うことか、アンタ」

 何処から、如何見ても16、17歳の高校生くらいに見える。
それも、優等生と云う印象を受ける。

「…………お前やアンタじゃないですよ、まぁいいや。
僕はこう見えて、高卒してますし、"貴方と同じ19歳です"」

 その言葉に俺は目を丸くした。否、不思議ではないが…。

「あのな、神父って…バチカン行ったのか。
おまえ、ここはお前の家、って言ったよな?
配属は教会か修道…。その前に6年学校…」

「…これは驚きました。お詳しいですね。
昔に19歳で神父に認められた神父も、いますよ。
フランス人ですけど。私の場合は見習いです。」

 
 俺はどうも腑に落ちない感情に襲われた。
裏社会に通じているかと思えば、聖職者だと名乗るこの青年が。


 「学校行って来ます。もう少し、寝ていた方がいいですよ」

 青年はそれだけ言うと部屋を出て行った。
余計訳が解らなくなった状況を抱え、俺は大きく溜息を吐ついた。

 ―――任務不完了。

 そうだった。しくじったんだった。失敗は許されない世界で。

「あーあ………」

 情けない事この上無い。さらには俺の正体がターゲットにバレたと言う事だ。
 此処にいれば安全と言う事は俺を匿っている、と言う事なのか。
若しくはアイツが俺を殺ると言うのか。どちらにせよ、最悪だ。

 俺はその侭、ソファに寝転んだ。体中が痛くて、まともに動けない。

 アイツ、暗殺者(アサシン)じゃなくて、神父?嘘だろ?
神の意に反するんじゃないのかよ…。
……俺もまた、馬鹿げた事を…。どうでもいい事だろう。
 俺はそこで一旦思考を変えた。

『見つけましたよ』

 アイツは昨日確かにそう言った。

『貴方は余程、反射神経が良いみたいですね』

 ………一部始終見てた、という言葉か否か。
俺の失態を。如何言う理屈で?

 俺を探していた?だから見つけた?…………如何なってる。

 ―――リーダー。

 アイツには仲間が居る。リーダーを要に動いている筈だ。
 そんな存在等、俺には居ない。
上から与えられる命令を従うだけ。
今迄、任務が失敗した事は無かったというのに。あーあ。

 誰かに助けられた。最悪、最悪、最悪っ…………。

RRRRRRRRRR………

「!?」

 電話の音が突然鳴り響く。
 俺ははっとして周りを見回した。違う、あの青年の家の電話では無い。
じゃあ――、俺の?
 音の鳴る方へ、俺は歩みより、自分の携帯を探した。

 RRRRRRRR………RRRRRRRR……… ………

鳴り続ける音。

 RRRRRRRR……RRRRRRRR……… ………

何処だ、何処にあるんだ?何処で鳴ってる?

 RRRRRRRR……RRRRRRR………   ……  … ・…

音が、途切れた。

 俺は再び溜息を吐(つ)いた。
 近くにあるのは確かだと思うのだが、見当たらない。
しかも電話は切れた。
 ズキズキと悲鳴をあげる体を引きずって、
ソファに戻って寝ようと思ったが、再びコールが鳴り響いた。

 RRRRRRR…………

「あー、何だってんだよ」

不満の声を上げ、音を発する物を探した。

「あった!」

 なんて事は無い、ご丁寧にテーブルの上に置かれていた。
―――俺の、携帯。

 直様に携帯を手に取り、着信相手を確認して俺は落胆した。
電話に出ない訳にはいかない。怠慢な動きで携帯を耳にあてた。

「……………はい」

『セイジか』

「…………………そうです」

 電話の向こうの冷たい声が、俺の心をたたく。
相手は知っている。俺が下らない理由で任務を失敗した事に。

 ゴクッと俺は息を飲み込んだ。

「――――−…………すみません」

 絞り出した声はかき消されそうだ。

「すみません、だと?笑わせる。」

「―――−………………………………」

 謝罪の言葉は呆気なく貶され、それでも俺は考えに考えて必死に言葉を探した。

「…………俺の…………処分は?」

 考えた割には、結局こんな科白しか出てこなかった。

「処分?悪いが、その予定は無い。
 消す必要はないと、言われなかったか。その家の主に。」

「!?」

 今、……………なんと?
如何して俺の事情を知っているんだ?
つまり、知り合い?あの青年と、俺の、まぁ上司とでも言っておこうか。
然し、何故?否、俺には関係ないが、納得がいかない。

「聞いているのか?」

「…………はい、言われました」

「ならば、その侭でいろ、いいな」

「その侭って…………」

 一方的な言い分に少々不満が募った。
慌てて訊き返した事が野暮だった事に少々後悔する。

「今のお前に何が出来るんだ。多寡があんな理由でミスをして。
二十歳前のお前にはやはり無理だったか」

「…………っそんな事無いっ」

 相手の冷静な声に反して俺は声を上げた。

「何も俺は赤ん坊を殺せと言っているのではない。
お前も所詮、愛に飢えた人間だったと言う事か、セイジ」

「違う!そんなモノ、有って何になる。撤回して下さい。」

「結局お前も、私情を捨てられないと言う事か。
いいか、これは仕事だ、任務だ。
お前にプライドは無いのか。それすら考える事も出来ないのか?
如何なんだ?答える事が出来るのか?」

「………………」

「いいか、黙って命令に従ってろ。余計な手間を掛けさせるな。」

 バツッ。
 ――…ツーツー………………



 電話は乱暴に切れた。

 黙って命令に従ってろ……………?

「…………ッ…………!ふざけんなッ!!!」

 訳が解らない事だらけに、俺は苛立ちが募り携帯を投げ捨てた。
俺は強く唇を噛んだ。錆びた鉄の味が口の中に広がった。

「俺は…………操り人形じゃねーんだぞっ…………!」

 怒りを物にぶつける。部屋を、目茶苦茶にした。
テーブルを蹴り倒し、箪笥の中身はぐちゃぐちゃにし、ビン類は割りまくった。
兎に角目茶苦茶にした。後の事なんかもう知った事では無い。
落ち着いて清楚のある空間が、一瞬のうちに泥沼へと変わる。

 投げつけた携帯はクッションの上に転げ落ちていた。

「………はぁ…………っ…………は、…………ハハ……………」

 自虐じみた笑いが口から零れる。

「………誰が、愛に飢えてるって?馬鹿馬鹿しい。
そんなもの、そんなものが何になるってんだ。」

 俺は倒れ込む様に崩れ、座り込んだ。

 辺りには傷口が開いたからか、血が飛び散っていた。
割れた硝子の敏で、手の平に赤い筋も出来ている。
無常にも唯、流れ出る血。

「今の俺に………出来る事………あるじゃねぇか。
やろうと思えば何だって………そうだろ、
俺には、口だけのヤツには出来ない技術がある」

 俺は両手を強く握り締めた。傷と、心と、どちらが痛いのか。

「その為の技術じゃないのか、これは」

 再び両手を見つめた。鮮血しか、映らない。その視界が霞む。
もう、何も考えたくなかった。


2005/4/25
加筆修正:2013.0611

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