ロゴ 届け物〜生きる瀬死ぬる瀬〜  

- Fortune favours the bold.-






―――涙が枯れるまで泣いた事があるだろうか。



 1989年2月。

 辺り一面は、白い。どこまでも、白く、寒い。
真っ白な雪の上に滴る、真っ赤な液体は一輪の花の花弁を散らした様。

それ は じわっと音無き音を鳴らし、氷の粒を溶かしていく。

 そんな光景を見つめていた俺に血だらけの男は言い放った。

 「頼まれてくれないか?」

 俺は目を細め、包み隠さずに嫌な顔をして見せた。
巻き込まれたくないからだ。
卑劣で冷たいと言われても、思われても構わない。

 男は、胸に赤き薔薇を描き、胸を抑える手には、
……手には、削れてゆく命の色が流れる。


 血だらけの、20代後半に見える男は、痛みからか顔を顰めた。
力なく膝をカクン、と折り、その場に屈み込む。
俺は一歩後ずさりをし、その 男 を見下ろした。

 「駄目か?」

 その男は再び俺に搾り出す様な声で言った。

俺は無言の侭、首を縦に振った。



 死ぬ間際の男が大抵頼み込むのは
 
届け物。

写真、手紙、金、形見類、そんなとこだろうと俺は推測する。


 俺は俺で別に行きたい場所(目的)がある。
故この男の頼みを聞く事は、俺の意に反する。

 優しい人間ならば頼まれるだろうな。
けれど俺にはそんな余裕は無い。


 その男は笑った。
解りきっていたよ、と笑った。

それだけだ。

 白い吐息だけしか吐かなくなったその口からは血が零れる。
正当化することもなく、男は その時 が来るのを待つ。

 この場に居合わせた俺は動けないで居た。

 俺は自分が困惑した表情をしていることに気づいた。
実際困った。

知らないフリと無かった事にするにはこの男の声が頭に響く。

引き止めて悪かったな、と笑う、この男の声が。


そりゃあ、俺だってなんとかしてあげたいさ。
助けてやりさ。

けれど、だ。
俺は誰にも関わってはいけない。
相成れる事はしてはいけない。

誰かを傷つければ自分も傷つくその関係の繰り返しを見てきた。

俺はそれが嫌だった。逃げと括れるが、もっとシンプル。
"嫌"なだけだった。

 男は一言も喋らない。
もうそんな気力は無いようだ。

 苦しそうに呼吸をする男の前に俺は手を差し伸べていた。
驚いて男は目を丸くしていた。
頑なに拒んでいた俺の手が 引き受けてやる と言っているのだ。
身体が勝手に動くって事が本当にあるんだな、と俺は認識した。

 いずれにせよ、この人はもう助からない。
ここで俺とこの人と関係は絶たれる訳だ。
外向き上は。

 ただし、頼まれた事柄によっては事情は変わってくる。
それでも俺にしか「このこと」が解らなければそれでいい。

 俺は男から黒い、手のひらに収まる程の小さな袋を受け取った。
声無き声。それでも男は唇をゆっくりと動かす。
「有難う」の言葉と「サリサに」という言葉を残し
男は軽く目を瞑った。

 黒い。小さな、袋。
中身を見る趣味は、俺には無い。

 託された名前は、"サリサ"は、女性の事だろう。
娘、恋人、妹、母親、姉−―ー。
まぁ何でもいいのだが、その名の人物を探せばいい事だ。

 男は自分の名前を言う前に深い眠りについた。
俺はイニシャルでも何でも良いからこの男の名を知ろうとした。
そうでなければ預かり物を届けるのは困難だ。

まるで、差出人のない手紙みたいに。



 俺は上着を拝借した。無い。名前は書いていない。
俺は男の鞄の中身は見たくなかった。否、見るのは気が引けた。
それ故に、俺は諦め半分で上着を男に戻した。

 ポト。


――何だろう、と思う前に何かが落ちたのだと知った。

 ペンライト――――――?


 俺は一呼吸置いてから拾い上げ、直視した。
使い古されたであろうペンライトが、男と共にあった年月を語る。

 あった。

掠れた、文字が。俺は指で文字をなぞる。

シオウ…か。

 それだけを確認した俺は、男の上着の胸ポケットに、
このペンライトを戻そうとしたが止めた。
この男が渡したかった小さな黒い袋と、この、ペンライトを持ち、
俺は充ての無い道を歩き出した。




 1997年1月。

 あれから幾年の年月が経った。
サリサ、という名前の女性を捜して来たが見つからない。
同名は何人かは居たが、誰もあの男の事は知らないと言うから、渡せず仕舞だ。
 同時に俺は俺の捜し人も捜した。俺の、目的。
しかしどちらも進展はなく、俺はもう、この世に居ないんじゃないか、
と感じ始めていた。

 7年と11ヶ月。

 諦めたら良い年月か、それはまだ早いと見る年月か。
けれど一度引き受けた事ではないか。
同情で手を貸した訳ではない。


 俺の意思で、だ。


 俺が"そんな感情"を持つ事は極めて珍しい。
馴れ合いなんて御免だ、と。
所詮玩具<ガラクタ>な生き方しか残ってい無かった俺が、
何故あの時、心を動かされたのか。

 人間は慈悲というものを持っている。
優しさも、温もりも、持っている。
されど、妬みや憎悪、憎しみも持っている。

 俺はそう云った全てのものを 遮断 したくなる。

 だが、俺はあの時あの男の生き様を見た。
命尽きるまでやり遂げようとしていた、あの男の概念を。


 視界には、何度目に広がる真っ白な光景だろうか。
鮮やかな"色"が、俺の中で咲く。
あの男の生きた証が、俺の中で。

 気が付くと夜は更けていた。
俺はある一軒屋の家の前を通り掛かった。
俺の、"冷たい左手"は預かり物を持っている。

 俺はドアをノックした。



沈黙。


 再び、先程よりも、力強く、ノックしてみせた。
此処に、サリサ、と云う名の女性がいる筈だ。


沈黙はまだ、続く。住人は出て来ない。
此処は駄目なのか。俺は踵を返そうとした、その時――――。


 ガチャリ。


ドアが重く、開いた。

 「御免なさい、あまり人が尋ねて来ないので」

 俺はかぶりを振った。
直ぐに用件を伝え様としたが、出てきた女性はその場に蹲った。
見れば十代半ばと言ったところか。

 あぁ。身体が悪いのか、とその考えはどうやら正しかったらしい。
家の中に免れたが、長居をするつもりもないな…、
と思いつつも、…温かなコーヒーが用意された。

 室内を温める薪の暖炉、橙色のランプの灯火、
目に入るものは、温かい。俺の今に至るまでの記憶には"ない"ものだ。
この、一杯のコーヒーさえも。

 しかし飲めない。俺はコーヒーが飲めないのだ。
口にする事もなく、無言の侭だが、彼女は微笑む。

 これを、と俺は預かっていた黒い袋を彼女に差し出した。
彼女は物言いたげな表情しかしない。
と、云うのも、俺が中身を出していないからだ。
いくら受取人を捜すとはいえ、無断で中身を開けるのは気が引ける。
何より俺自身が物凄く嫌なのだ。
然るべき人にこそ、と。

 「これは何ですか?」
彼女は俺に疑問をぶつける。

 見慣れ無い黒い小さな袋が目の前に出され、困惑の笑みを、見せた。
俺は続いてペンライトを取り出し、袋の隣に並べた。


 ――――瞬間。



 彼女は表情を変えた。



 困惑から驚きへと、彼女の表情から見てとれる。
涙目になった彼女は手を口にあて、「どうして…」と呟く。
言葉は震える。彼女は、ペンライトを握り締めた。

 「"このライト"は父のです。私が8歳の時に家を出て行った父の…!」

 あぁ、ようやく見つかった。
安堵の息を漏らす俺に彼女は、父親とは生き別れになったのだと話した。


 何でも身体を弱くして生まれた為に薬代が必要だったようだ。
そして8歳の誕生日プレゼントを残し、薬代を求め家を出たのだという。

 彼女はその時に貰ったと云う、素朴だが綺麗なオルゴールを持って来た。
通常ならばこんな音がするのだと、聴かせてくれるのだろうが、
どうやら鳴らないらしい。――鳴らせることが出来ないのだ。
 外側に何かの穴がある。まぁ、そんな事より。
 貰った時から鳴る事がないこのオルゴールを、今の今でも大事に持っていたのだ。

 俺が父親の名を訊ねる前に、彼女は父親の名を述べた。

 どれだけ父の帰りを待ったのだろう。
 どれだけ、このオルゴールに想いを重ねたであろう。

 過ぎ去りし年月は、俺の記憶の中でも、あの、白さに描いた命の色は、
色褪せる事のなったように。


 「これ、開けてもいいかしら?」
彼女の声に、俺は首を縦に振った。

 小さな黒い袋の本来の持ち主になった彼女が、遠慮がちに中身を開けてみた。


 中から出てきたのは小さな鍵。


 あぁ、これは……。
鍵を見つめる俺も、彼女も、考えが一致した様だ。

 この鍵はこのオルゴールの鍵だろうと。
 この穴は鍵穴だろうと。

 彼女はオルゴールの小さな鍵穴に、鍵を差し込んだ。

――カチャリ。

 鍵が差し込まれたと同時に、真っ白なオルゴールのフタは開く。
静かに流れ始めた曲は、初めて聴く筈なのに、どこか懐かしい音色。

 手渡されてからこの8年間、音を鳴らす事を無かったにも関わらず。

 機械仕掛けが歌う音色の綺麗な旋律。曇りの無い澄んだメロディが心地よい。
貧しい一家が娘の為に買えたオルゴールは、以前誰かが愛用していたモノだろう。

 しかし鍵と一緒に渡せなかったのだ。
 娘に薬代を。治療費を送りながらも、鍵を捜し続け、見つけ、
しかし届ける前に男は瞳を閉じ、…二度と開ける事はなかった。

 どんなに古くても、それが新しいものでなくても
きっとそれは物の価値を計れない。


 彼女は俺にお礼を言った。
「有難う、そしてさっきは御免なさい、もっと早く気づくべきだったのね」
そう言うと俺に差し出したコーヒーを片付けた。

台所から戻って来た彼女は変わらぬ笑顔でこう呟いた。



「貴方はアンドロイドね」―――と。









 俺は人間ではない。人間に作られた玩具。
俺に感情は無い、そう思われてきた。

 心の中で言葉は浮かんでも、それを相手に"声"として伝わらない。
それでもこの7年、いや約8年間の間は様々な人間を見てきた。
長かった様な、短かった様な、今となってはそんな言葉を口にしたいくらいだ。
 この、機械である俺が。


 「私ね、この通り身体が弱いの。母が亡くなってからは
今はもう外出はしないけれど、昔家を少し抜け出した事があったの」

 俺は彼女の話を黙って聞いた。

 「その時は母に物凄く怒られたけど、でも私には嬉しい事があったのよ」

 ふと、彼女が窓を見上げた。
つられて俺も彼女が見つめた先に目が向いた。

 「ゴミ捨て場に、捨てられていたの」

 「・・・・・・・」


 「貴方と同じ、アンドロイド」


 彼女のその言葉を聞いて、俺は一瞬体がビクッと跳ねたのが分かった。
言葉を発さない俺と「妹」は失敗作として捨てられた。

 別々に。投げ捨てる様に。
 俺は表情を変え、睨む様に彼女を見据えた。
そんな事を気にしないとでも言う様に彼女は続けて言う。

 「私は迷わず連れて帰って来たの。」

連れて帰ってきたアンドロイドは兄が居ると言っていた、と――――。





 まもなくして、ドアを叩き、開く音が響いた。
彼女は「帰って来たかな」と笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。



 俺は唯、彼女が向かった先のドアを見つめているだけだった。








 人間は慈悲というものを持っている。
 
 されど、妬みや憎悪、憎しみも持っている。


 そして、寂しさも、喜びも。


 ――しかし優しさも、温もりも、持っている。







fine.
2005/1/3
加筆修正:2013.0604


後書。



オルゴール、好きなんですよね。なんか良い。
主人公はアンドロイドです。
これもまた好きな設定ですね。
ちなみに外見年齢は18歳くらいです。
短い話は苦手だなぁ、と思いました。

 


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