アンバランス






 「だけどお前、多分やっぱりさ、お前が悪いよ」


 放課後の教室。教卓に凭れ掛かり、勇<いさむ>は紙パックのココアを飲みながら、
机に伏せる春輝<はるき>に一言一言念を押すように言った。

 「え?何で?俺は別にやましい事なんてしてないんだぜ?
なのに、アイツが、浮気だの何だの、婚約してる訳じゃないのに騒ぎ立ててんだよ」

 勇の言葉に即反論する春樹は、呆れた表情を露にする。

 「もっと彼女の気持ち解ってやれよ、お前、愛されてるんだからさ」

 勇は口元を緩め、笑った。

 「愛?そんな事良く言えるねぇ」

 春輝は顰め面の侭、溜息を大げさに吐く。
机に凭れていたかと思うと、今度は椅子に凭れ、机の上に脚を乗せた。
腕を頭の上で組み直す。その姿は行儀悪い事この上ない。

 「違うの?」

 そんな様子の春輝に勇は目を丸くして訊き返した。

 「違うね。まず、女は金持ってそうで、そこそこルックスが良くて、
背が高くて、やっぱり顔がいい男で、優しくて、そういうのを好むじゃん」

 「……それ、自分の事言ってる?」

 「訳ねーだろ!兎に角だ、俺は悪くない。断じて。」

 「あのな、春輝。女は理想と現実を弁えているよ。
寧ろ何、その条件って。捏造だぞ?」

 春輝の言いたい事は、分かると言えば分かる勇だが、
本心で言っている訳では無い事も気づき、冷静に訊き返した。

 「……」

 「なぁ、春輝、男から謝れよ。絶対その方がいいって。」

 無言になってしまった春輝に、勇はココアを一口飲んだ後、告げた。
飲んでいるのは紙コップのココアなのだが…。
非常に絵になる格好良さを勇は持っている。
その動作を見ていた春輝は、言われた言葉に全身で、一層機嫌悪そうになる。

 「何でだよ?」

 「いいか、話からすると80%くらいの人はお前が悪いって言うぞ」

 教卓の上に紙パックを置き、腰に手を当て、勇は断言した。

 「だから何で。」

 春輝の苛立ちの混じった声が響く。勇は続ける。

 「連絡を待っている彼女に何一つ連絡もしなければ、
誕生日なんて忘れていたと言う始末。しかも他の女と遊園地に行った挙句、
それを目撃されて、開き直った上に、そういう記念日に拘る女は好かない、
と言ったんだろ?俺は同じ男として、酷いと思うけどな。」


 「お前の話から聞くと俺は最低男のレッテル貼られるけどな。
俺にも正当な理由があるんだぜ。」

 春輝は満遍な笑みを浮かべた。口元の端を歪めて。
勝ち誇った様な春輝に勇は息を静かに吐き出す。

 「正当な、ねぇ……」

 「いいか、まず、誕生日なら誕生日だと、前の日にでも言ってくれよ?
だろ?一回聞いたくらいじゃ覚えてないって。」

 「うわー・・・・」

 「それに遊園地ってのは、前から約束していたんだよ。
連れってってやるって。あの女は俺の幼馴染なんだよ。
家族みたいなもんなの」

 「へー」

 「目撃されたって別に悪い事してないだろ?だから俺は隠す必要も無し!」

 「それを開き直りだって」

 「記念日記念日って、誕生日一つに拘っていたら毎日が記念日になるってーの」

 「いきなり幅広く考えたな…。」

 「で、そこでだ、つまり誤解なんだよ、誤解。」

 春輝はまた顰めっ面に戻った。勇は思う。
男の俺から見ても普通にしていれば、結構見れる顔だろうに。

 「いや、別に俺もね、人様の恋に口出す程偉くないけどさ。
けどさ、お前の彼女たる人物は俺の姉なんだよ。
とばっちりは弟の俺に来る訳。解る?なぁ?ハルキ」

「………来たんだ?とばっちり」

 春輝はふわりと笑った。


 「来ましたとも。だから謝って来い。世の女全てとは言わないけど、
記念日とかそんなんじゃなくて、女は愛されている証拠が欲しいんだよ。きっと。」


勇は真顔で言う。

 「そんなもん?」


 「そんなもん。」



 「いやだ」


 「はっ?」

 納得したかと思った勇は、春輝から返された否定的な言葉に、
思わず目を見開き声を上げた。流石放課後の教室、声が良く響く。

 「そういうお前は、勇はさ!彼女にプレゼントあげたんだって?」

 意地の悪く笑う春輝が勇に尋ねる。

 「あげたよ。喜んでいる姿なんて滅茶苦茶可愛いぜ!」

 無表情だった勇は、今度は嬉しそうに、楽しそうに話す。

 「へぇ。どんな風に?」

 「いや、もー、『有難う!』なんて言うんだぜ!?可愛い笑顔で!」

 「そりゃ、有難うくらいは言うだろー」

 春輝は呆れた。

 「俺はお礼の言葉が欲しかったんじゃないよ!
俺の気持ちなんだよ!大事なのは気持ちだろ?」

 春輝は瞬時、苦笑いをした。何だかこれではまるで、
勇と勇の彼女の惚気話全開だ。そんな勇に春輝は水をさした。

 「演技かもしれねーよ?男を喜ばす為の。」

 「何でお前そんなに捻くれてるんだよ!!
演技か如何かなんて、顔見れば解るだろ!」

 「本当かよ?じゃあ世の中の役者さんは?見破れんのかよ、お前。」

 「あのな、俺は役者の話をしているんじゃないんだって。
俺は俺の彼女の事を言ってるんだよ!」

 春輝は思う。そんな事を大きな声で叫ばれても。
聞いているこっちが赤面しそうだ。

 「女を甘く見るなよ、意外と怖いんだぜ?」

 春輝は言いながらスラックスのポケットに手を突っ込んだ。
勇はその春輝の動作を目で追った。

 「それはお前に聞かせてやりたい台詞だよ。
本当に俺の可愛い彼女は!お前の妹なのかなー」

 勇の彼女は春輝の一つ下の妹だ。
こんな捻くれた兄貴(春輝)と、あんなに可愛い妹が兄妹とは…。

 「正真正銘、お前の彼女は俺の大事な妹だ。」

 まるで娘をお前の嫁にはやらん、と春輝に言われている気がした。
勇はそんな光景を頭に浮かべ、噴出した。

 「なぁなぁ、華穂<かほ>は俺の事なんか言ってた?」

 「顔見たら解るんじゃないのかよ?」

 「いいからいいから!な?」

 「熱烈カップルだなぁ…お前らは。」

 現に、春輝の妹の華穂は上機嫌で嬉しそうだったのだから、
勇の話の通り、素で喜んでいたに違いない。
だが、それを態々目の前の男に"言ってやる"のも気が引けた。

 「何だよ!?そんな答え有り!?」

 「有り。」

 「というか、話題は俺の話じゃないって!お前、春輝の話!
姉貴に謝れよ!な!俺今日もプロレス技かけられんのやだよ!」

 「……へっ?」

 勇の口からとんでもない単語を聞いた気がした
春輝が口を開けたまま固まる。

 「姉貴、強いんだぜ?あれ?護身術だっけ?」

 「ちょ…っ!何だそれは!?聞いてないぞ!!」

 勇の言葉に春輝は動揺する。口をパクパクして、
さっきまでの毅然とした態度は何処へいったのやら。

 「言ってないからじゃないの?ほら、お前も言わなかったんだろ?
『この間の女は家族みたいな幼馴染の女なんだ、あれは約束してたんだ』、って。」

 しかしそれはそれで浮気したサラリーマンの言い訳みたいである。

 「って、ちょっと待て!だけど玲<れい>だって、
俺の事本気で好きか、解んないじゃないか!!」

玲、とは勇の姉の名前だ。

 「確かめる?」

 勇は深く息を吐いた後、春輝の座っている前の席に座り、尋ねた。
そして「そうだよ。確かめればいいじゃないか」と付け加えた。

「はっ?何、どう言う意味?」

春輝は眉を顰める。

 「何って?簡単だろ?男からでも出来るって。」

勇は綺麗に笑う。


 「何を?」


 「だから、確かめるんだろ?」



 春輝には勇の言いたい事が伝わっていない。
察っした勇は一呼吸する。

 「直接本人に聞けばいいだろ?如何思っているかなんてさ。
俺の事好きですか、って」

 「お前は阿呆か――――!
そんな恥ずかしい事言えるか!出来るか!」

 今度は春輝が叫び出した。


 「我侭だなー、あー解った。
お前姉貴の誕生日におめでとう、って言ってプレゼント渡すのが
照れくさかったんだろ?」

 「何を根拠に?」

 春輝は冷静を装う、だけどもう、無理だ。
勇はにんまり唇を結び微笑む。

 「まぁまぁ。で、此処から俺の推測。
プレゼント何買ったらいいか解らなくて、俺にも言えなくて、
で、助っ人として名乗りあげたのが、幼馴染の女の子。
で、アドバイスを貰うお礼に遊園地約束になったんだろ?
で、お前がギリギリに行動したものだから、日付が被ったんだろ?
それで…」

 「待った!それはお前の推測だ!王道だ…!」

 勇の目の前に春輝は手の平を広げ、話題を遮る。

 「だから推測だって言ってんじゃん。
で、結局その誤解とやらを説明するのにはあらましも言わなきゃならない訳で、
 あまりにも滑稽だから、事が此処まで転じた、と。」

 所謂喧嘩に近い形になってしまっている、春輝と玲。


「……もう、そう言う事でいいよ…」

 春輝は諦めたのか、力無い一言を呟いた。

 「そう言う事ならオチはこうだ。
ほら、用意してあるプレゼント、渡して来いよ。」
 
 「…………………」

 「ほら、ポケットの中に入ってんのは何だよ?」

 「…お前って…。」

 春輝が制服のスラックスの中に隠し仕舞ってある玲へのプレゼント。
その存在を勇は見逃さなかった。


 「いいか、俺がお前の妹と一緒になったら、お前は俺の義理の兄になる。
お前が俺の姉貴と一緒になっても、お前は俺の義理の兄になる。」

 黙り込む春輝に勇は続ける。

 「俺の対場は結局お前の義理弟になるだろ。
良かったな〜、良き理解者が居て」


 「く…お前最初から……。」

 「ほらモタモタしてないで行って来い!」

 勇に後押しされ、春輝は席を立つ。

 「…これ借だからな!」

 そう言い残し、春輝は早歩きで教室を出て行った。


 「…素直じゃないね、アイツも。」

 勇は上着のポケットから携帯電話を取り出し、
手馴れた手付きでボタンを押す。


 「あ、姉貴?今から俺のダチが行くから。
だから許してやってくれよ。え?俺?コンビニ寄って帰るから!
あ、ついでに華穂も呼んでいい?オッケー。じゃ、切るから。」



fine.
2005/11/19


後書。



この四人の中では勇が一番巧くやっていきそうな気がします。
ネタが思い浮かんだ時に短時間で書き上げたもの。
何だ、この話(笑
春輝視点で書いていた筈なのに、いつのまにか勇に。
でも最強は勇の姉かもしれない(笑

 


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